2011年6月23日木曜日

環境保護団体が福島県民を傷つける

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環境保護団体が、福島県の放射線リスク管理アドバイザーから山下俊一長崎大学教授を解任するように求めている(OurPlanet-TV)。

山下教授は、チェルノブイリの放射性物質の疫学研究などで実績がある、放射能汚染と健康被害に関する日本の第一人者だ。福島第一原発の事故後は、一貫して年間100ミリシーベルト以上の地域以外と、ヨウ素による体内被曝以外は危険性は無いと主張している。これらは根拠ある基準であるため、少なくとも専門家の姿勢としては、何ら批判される点は無いように思える。

科学的根拠をもって住民にアドバイスを行っている科学者を、非科学的かつ情緒的な批判で解任してしまうことは、非科学的な理由で福島県民の生活を犠牲にしようとする行為で、非倫理的な活動だと言わざるを得ない。

1. 山下教授の安全基準には根拠がある

山下教授の主張する年間100ミリシーベルトという基準値は、国際放射線防護委員会(ICRP)の判断と概ね合致している。動物実験や被曝者の追跡調査によると、低レベル被曝は年間200ミリシーベルトを超える被曝がないと健康被害などは確認できていないそうだ(産経ニュース)。国立がん研究センターのサーベイでは年間100mSv被曝でも、軽微な影響しか確認されないとしている(産経ニュース)。ICRPは未知の危険性を十分担保できるように、事故後の回復期の安全基準を年間20~100mSvと定義している。通常時の自然放射線を抜かして年間1ミリシーベルト基準は疫学的な根拠を持つ値ではない。

放射性セシウムを危険視していないのも、チェルノブイリ後に内部被曝で影響が観察されたのが放射性ヨウ素のみなので根拠がある(金子(2007))。放射性ヨウ素に関しては、食品の流通制限が行われたので問題無しとしているので、これも安全と言う主張に根拠がある。

2. 山下教授の発言は一貫している

環境保護団体は、山下教授が状況に応じて、全く異なったことを話していると主張している。彼らが問題視している部分を引用してみよう。

5月25日発行の朝日ジャーナルでは「飯舘や浪江、川俣の一部の数値が高いのを見て、自主避難ではダメだ、きちんと命令してあげないといけないと言ってきた」「30キロ圏内でも必要ならば避難させなきゃだめだとも言ってきました」

これが環境保護団体には、「年間100ミリシーベルトは安全」と言う主張と一貫性がないように思えるらしい。5月上旬の飯舘や浪江、川俣の一部の空中放射線濃度の数値は、15μSv/hを大きく超える。これを24×365を乗じて年間値に換算すると、100ミリシーベルトを遥かに超える値になる。つまり、山下教授は飯舘や浪江、川俣の一部は年間100ミリシーベルトを超えるので避難しろと言っているので、何ら発言に矛盾は無い。

3. 山下教授を根拠を元に批判できない

もちろん「200ミリシーベルトを超えると危険性が確認される」は、「100ミリシーベルト未満は安全」を意味しない。多くの科学者が悩む点だが、実際のところ実験や調査では危険性の証明ができても、安全性の証明はできないためだ。

何人かの科学者は「年間100ミリシーベルトは安全」に同意はしていない。小佐古敏荘東京大学教授が、校庭利用を制限する放射線量基準で年間20ミリシーベルトが高すぎる基準だと内閣官房参与を辞任して抗議した。しかし、小佐古教授は危険性を示すデータや研究などを示していない。この点に関して電子メールで質問を送ったが、返答は得られなかった。武田邦彦中部大学教授も危険性の喚起を行っているが、放射線量と健康被害を直接示すデータを示していない。

山下教授を科学的に批判したければ、危険性を示す実証研究を提示する必要がある。その研究結果が科学的に妥当なものであれば、科学的見地から評価できる賛同者が増えるであろう。しかし、8万人もの追跡調査の結果でも、年間100ミリシーベルト未満の低レベル被曝による健康被害は証明されていないそうだ。現時点では山下教授を科学的に批判するのは無理なように思える。

4. 平時と事故後の回復期で許容放射線量が異なる理由は、放射線に接する必要性

混乱を招いている部分に、ICRPが平時に1mSvを安全基準に提示しつつ、事故後の回復や復旧の時期は年間20~100mSvを提示している事があると思う。1mSvが必要な安全基準であれば、年間100mSvは危険な値のはずだ。しかし、「200ミリシーベルトを超えると危険性が確認される」状況下では、当然の二重基準でどちらも適切な値となりうる。

飲食を危険だと言う人はいない。喉を詰まらせて死ぬ場合や、アレルギーで死ぬ場合もあるが、飲食は「必要な行為」だからだ。平時は低レベル被曝は「不必要な行為」だ。危険だと言えなくても、喜んで被曝する必要性は何も無い。予防的な意味を考えれば、不必要に厳しい安全基準が肯定される。

ところが状況は、低レベル被曝を「必要な行為」に変えてしまっている。福島第一原発の災害・事故は発生し、大量の汚染地域が発生した。低レベル被曝を回避するためには、土地を離れて生活を犠牲にしなければならない。不必要に厳しい安全基準は弊害になる。

山下教授が主張する100mSv基準は事故後の回復期の基準なので、ICRPの平時の許容放射線量1mSvより高いのは当然になる。ICRPの平時の安全基準を元に山下教授を批判する向きもあるが、妥当とは言えない。小出裕章京大助教は未だに年間1mSvの許容放射線量を強調しているが、平時でも一般人と放射線業務従事者で許容放射線量が異なる理由を考えた事は無いのであろう。

5. 非科学的批判を行う環境保護団体

歴史を振り返れば、科学的に証明されていないリスクは否定できない。だが安全基準を批判するには、科学的な証拠がいる。大半の人は生活がかかっているので、根拠も無く福島県から避難するわけにはいかない。根拠も無く圧力行動に打って出るのは、非科学的批判としか言いようがない。

山下氏を放射線リスク管理アドバイザーから解任したがっているのは、むしろ科学的に危険性を説明する事ができないからではないかと疑ってしまう。山下教授の解任を求めている環境保護団体のうちグリーンピース・ジャパンは、運送会社から鯨肉の窃盗事件を起こして有罪になったのが記憶に新しいが、違法行為も辞さない過激活動組織として知られており、政治的アピールを優先しがちな団体だ。

6. 情緒的な低レベル被曝被害の誇張は非倫理的

非科学的な批判を行う環境保護団体のモチベーションはともかく、犠牲とする物が大きい状況で、合理的な判断が求められる。危険性は過去の経験から導き出される情報でなくてはならない。避難や除染には多額の負担がかかるので、福島県民にはリスク評価は死活問題だ。情緒的な危険性の誇張は非倫理的な行為でしかない。

過剰に放射線のリスクを誇張する事は、風評被害をもたらす可能性があり、こちらの面でも非倫理的な行為だ。例えば福島県産の作物を摂取する事は、必ずしも必要がある行為ではない。ゆえに消費者は、過剰なリスク評価をしがちだ。環境保護団体が過剰なリスク評価を吹聴することにより、福島県の生産者をより窮地に追い込む可能性がある(関連記事:出荷された茨城と福島の食品を避ける前に)。困っている人をさらに困らせるのも、非倫理的な行為と言えるであろう。

2 コメント:

santa301 さんのコメント...

 一般論は賛成します。社会的な影響まで考慮に入れて、検討することは必要だと思います。
 放射線の影響を低くするため、避難したり、農作物をあきらめたり、失うものは大きいと思います。
 どの程度が適当かは、政治判断や、個人の自己責任による判断しか、解決策はないと思われます。

それはさておき、山下俊一氏について
科学的かどうかわかりませんが、根拠を出してみろとのことなので

1 当ブログによると、山下氏は「福島第一原発の事故後は、一貫して年間100ミリシーベルト以上の地域以外と、ヨウ素による体内被曝以外は危険性は無いと主張している」
2.1が事実とすれば、氏の発表した研究論文の内容と、言っていることが一貫していない。
(影響がないとは書いていない)
   出典 長崎大学研究リポジトリ
http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp/dspace/simple-search?query=shunichi+yamashita&submit=Go
3.従って、山下氏は何に基づいて発言しているのか不明である。
4.仮に、「ICRP勧告どおり」ということであれば、山下氏は必要ない。
以上 論理的証明終わり

蛇足
5.山下氏は放射線の影響の疫学研究を主に行ってきており、また放射線がDNAに与える影響を「細胞レベル」で研究している。臨床医ではない。(研究室の旧略称 原研細胞)
6.福島県では、全県民を対象に、県民健康管理調査「3月11日以降の詳細な行動(いつ、どこに、どれくらいいたか、屋内か屋外か・・)、自分で作った野菜をどのくらい食べたか、飲んだ水の種類や量、・・・」を行うとのこと。
 児童生徒の給食もきちんと管理するので、とても貴重な疫学調査ができると推察される。

uncorrelated さんのコメント...

>>santa301さん
コメントありがとうございます。
そこの山下教授の文章には、チェルノブイリで以下の問題があると指摘されていますが、何か今までの発言と矛盾があるのでしょうか?

・若年者に対する甲状腺がんの増加以外に、明確に示されたがんや白血病の増加は無い。
・放射線の影響に関する不十分なコミュニケーションと、ソ連崩壊後の社会の破壊と経済の沈滞で構成された心理的な問題

影響がないと書いていないのは、科学的には影響があると検定はできても、影響がないと検定できないからです。一般的な統計学では帰無仮説(≒影響がない)を棄却することしかできないのです。
よって、大量の研究成果で影響が確認されない場合、影響がないと解釈する事が大半です。

> 4.仮に、「ICRP勧告どおり」ということであれば、山下氏は必要ない。

ICRP勧告を一般の人が理解できるかと言う問題があります。
上の学術上の表現と、実際の解釈の乖離なども簡単なことですが、世間一般の常識とは言えないです。

> 5.山下氏は放射線の影響の疫学研究を主に行ってきており、

まさに疫学的な問題に感じますが、何か問題があるのでしょうか?
タバコの害も疫学的研究の成果で発見されたものです。また、細胞に直接与えれば害のある物質は世の中に無数にあるので、疫学的な影響を観察する必要はあるでしょう。真水を細胞に与えれば細胞は即死しますが、真水が危険だと言う人はいませんよね?

> 6.福島県では、全県民を対象に、県民健康管理調査

予防的な措置では、今回の事故のデータを見てから安全や危険を主張しても意味がないですよね。
もちろん追跡調査は必要だと思いますが、それが山下教授の発言に根拠を揺るがすものではないです。

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