2011年6月19日日曜日

スマートフォンと80年代のコンピュータ産業への良くありそうな誤解

このエントリーをはてなブックマークに追加
Pocket

経済学者を自称する、メディア・政策が御専門の池田信夫氏がブログのエントリーで、「スマートフォン市場」と「80年代のコンピュータ産業」への良くある誤解を披露しているので、間違いを指摘したい。「人のふり見て我がふり直せ」と言う事で、同じような誤解をしている人は、知識の訂正を行うチャンスだ。

1. 池田信夫氏のスマートフォン市場への誤解

まず、シェアの推移に誤解がある。市場シェアに言及しているが、以下の記述は恐らく誤りだ。

かつては「スマートフォン」といえば、Blackberryのことだった。ところがここ1年でアップル(iOS)に抜かれ、さらにグーグル(Android)に抜かれて4位に転落

BlackBerryはiOSの前に、Androidにシェアを抜かれていると考えるのが普通だ。

Canalys社の2010年第2四半期では、既にAndroidのシェアが17%と、iOSの13%よりも多くなっている(Asymcoから転載の下図参照)。

Canalys社の2010年第3四半期の世界シェアのデータは公表されていないようなのだが、iOSのシェアが17%で、RIMが15%になっているようだ(eWeek.com)。

Canalys社の調査では、2010年第2四半期でAndroidはiOSを抜かしているので、少なくとも2010年第3四半期でGoogle AndroidとApple iOSが同時にRIM BlackBerryを抜かしたと考えるのが適切だと思われる。

米国市場の調査になるが、他の調査でもBlackBerryが首位から転落する前に、AndroidがiOSを逆転している(関連記事:米スマートフォン契約者シェア調査における調査会社による数字の違い)。

2. 池田信夫氏のスマートフォン分類への誤解

Symbian OSについて、池田信夫氏は良く理解していないようだ。調査や論者によって、スマートフォンの定義は一致しない。特にSymbian OSは、ガラパゴス携帯電話と同等程度の機能であるため、スマートフォンと考えて議論する事は少ない。池田氏も「「スマートフォン」といえば、Blackberryのことだった」と冒頭でSymbianの事を無視している。

Symbianを捨ててWindows Phoneを採用するという決定も市場からブーイングを受けた。

Symbian OSは、日本のガラパゴス携帯電話のような高機能端末を作れるOSで、ケータイ・アプリが動いてEメールの送受信ができる事から、搭載端末はスマートフォンに分類される。しかし、Apple iOS(iPhone)やAndroidと同じ世代には考えられておらず、分類上の問題に近い。ゆえに「Symbianを捨ててWindows Phoneを採用」と考えている人は少ないはずだ。NECカシオや東芝も、Android端末やWindows Mobile端末を売りつつ、ガラパゴス携帯電話も販売しているが、携帯電話会社が従来型携帯電話を捨てたと批判する人は聞いたことがない。

「市場からブーイング」も根拠不明だ。NokiaがIntelと共同開発をしていたMeeGoを捨てたときは、Intelから強い批判があった。MeeGoはLinuxベースのスマートフォン用のOSで、オープンソースのアプリケーション・フレームワークQtで開発が可能であり、そちらでの失望もあった(関連記事:始まる前に終わったMeeGo、モバイルへの進出が停止したQt)。Qtでスマートフォンアプリの開発をしかったのだが残念だ(関連記事:巡回セールスマン問題で、Qtの使い勝手を体感してみた)。しかし、Symbian OSのアクセンチュア移管で批判があったのかは知らない。Symbian OSのフェードアウトは予想されていた事で、大きな波乱は無いからだ。

ハードウェアでみると、AndroidのトップメーカーはHTCとサムスンで、この2社でシェアの半分を占める。

これは間違いではないが・・・モトローラ社(´;ω;`)ブワッ

3. 池田信夫氏の80年代のコンピュータ産業への誤解

問題のある一節はここの部分。

RIMは、さしずめCP/Mというところだろうか。8ビット時代はほぼ唯一のOSで、16ビットでもデファクト標準だったが、IBM-PCにMS-DOS(実はCP/Mのコピー)が搭載されたため、急速に勢いを失った。

二箇所、間違いがある。

  1. MS-DOSはQDOSを元に作られた。CP/Mを模倣したAPIもあるが、ファイル・システムを含めて互換性がない。ゆえにMS-DOSはCP/Mのコピーでは無いし、クローンでも無い。
  2. CP/M-86がデファクト・スタンダードであったことはない。IBM製PCには、OEM版のPC-DOSが最初から用意されていた。MS-DOSの発売は1981年になる。CP/M-86の発売は1982年だ。また、CP/MとCP/M-86はバイナリ互換性がない。

プログラマでもないと気にならない点かも知れないが、技術論を考える上では、多少は細部に踏み込む必要性があるだろう。経済学者であれば、文献調査を良く行うか、細部への言及を避けて、間違いを回避する所だ。

4. 誤解を避けるために検索しよう

事実関係を確認しつつ記述すればこういう間違いは犯さないはずなのだが、池田信夫氏は思いつきで書いているのか事実関係に疑義がある記述が多い。

80年代のコンピューター産業、正確にはPC産業の状況は、テレビ番組などで紹介されて来ている。スマートフォン・ブームに関しても、頻繁に報道がされて来ている。しかし、簡略化された情報が断片的に伝わるので、何かを議論するときは思い込みや誤解がないかは確認するべきだ。例えば「シェア」と書いてあると、何か分かった気になる。しかし、販売数量のシェアなのか、利用者数のシェアなのか、トラヒックのシェアなのかで随分と状況は異なる。

知識が曖昧になっている事は誰にでもあると思う。大抵の事は検索すれば出てくるので、そういう時は誤解を避けるために検索しよう。曖昧な点を曖昧にしたまま論述を行うと、必ず最期に綻びが出てくる。断定しないで曖昧な表現を使うのも手段だが、検索すれば出てくる事は、検索をして確認する事をお勧めしたい。

4 コメント:

ステゴザウルス さんのコメント...

個々の指摘は正しいと思いますが、池田氏の論旨は「RIMはCP-MのようなMS-DOS以前の多数のOSの一つとして消え去る」と言う事だと思います。これについてはいかがお考えでしょう。iOSはApple伝統のクローズOSで、垂直統合して売り上げより利益重視。AndoidはMSチックにOpenにして売り上げ重視。ただし、GoogleはMSのようにはOSであるAndoridで利益を上げられないから、いったいどうやって利益を得るのか?またMSを採用したPCのように過当競争になって携帯そのものが長期的には停滞してしまうのでは?

uncorrelated さんのコメント...

>>ステゴザウルス さん
コメントありがとうございます。

お気づきだと思いますが、Android OSはオープンソース製品なので、過去のビジネス・モデルとは大きく状況が異なります。
Googleはインターネット・サービスの会社なので、自社サービスの呼び水になれば十分だと言う考えのようですが、上手く行くかは歴史に例はありませんね。

今の所はAndroid端末メーカーは利益を出していますが、今後はPC市場のように淘汰が厳しくなるとは思います。
PCの場合は競争の激しさが市場を低迷させたことはありません。価格に反比例して市場は拡大してきたので、スマートフォン市場の競争激化は同様の効果を期待していいと思います。

ステゴザウルス さんのコメント...

返答ありがとうございます。一点だけ。
私が指摘したいのは、現在のPCがほぼwinの機能変化によってのみ商機が訪れ
たいがいのメーカーは結局差別化できない状況です。市場は競争と低価格化によって拡大はしますが、結局安売りの疲弊しか起きないように思うのです。
MSの場合はそれでも機能変更による商機の生成という自己目的がありましたが
Androidの場合、何を目的に進歩するのでしょうね。

uncorrelated さんのコメント...

>>ステゴザウルス さん
> 結局安売りの疲弊しか起きないように思うのです。

企業の利潤は少ない方が、消費者余剰が大きくなるので理想的な社会になります。

> Androidの場合、何を目的に進歩するのでしょうね。

過去の事例とはビジネスモデルが大きく異なるので、想像するのも難しいですね。

特にGoogleは便利なサービスを提供してから、収益の出し方を考える企業のようなので、常人が思惑を想像するのが難しいと思います。

コメントを投稿