2011年6月16日木曜日

脱原発によって増える年間死亡者数は2.5人

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経済学者を自称する池田信夫氏が「脱原発は生命を奪う」と、原発が無い場合の年間の死亡者の増加数について分析している。原発が無ければ、それを代替する技術が生じる費用を冷静に分析しようという文脈は理解できるのだが、列挙された数字の根拠は疑問が大きい。

脱原発を経済的に達成するには、LNG火力、つまり天然ガスへの依存度が高めるしかないのは同意できる。少なくとも短期的には、再生可能エネルギーは高コストだ。

天然ガスは採掘事故は石油・石炭ほどではないし、主成分がメタンガスなので大気汚染も大きくは無い。しかし、池田氏は石炭火力を前提として死亡者増加数を計算しており、また根拠となる資料を十分に提示していない。つまり、池田氏がでたらめな数字を列挙している事が分かる。

1. 採掘による死亡者数増は2.5人/年

天然ガスに関連した死亡者は、池田信夫氏も参照するOECDのレポートのP.35のTable 2に、1969年~2000年で世界で2,043人(年間平均で66人)の死亡者が出ている事が記載されている。

IEAの統計だと、日本では2008年に原発で258128GWhの電力供給を行っている。約29.5GWeyと換算できるので、OECDのレポートのGWeyあたりの死亡者数0.085をかけると、2.5人/年の死亡者となる。

推測が入るが、2000年以降の技術革新によって、天然ガス関連の安全度も増しているであろうから、2.5人/年未満の死亡者数であろう。

2. 大気汚染による死亡者数増は0人/年

大気汚染と健康被害の話は、LNG火力とはあまり関係ない。天然ガスは、大気汚染の原因になる硫黄分をほとんど含まない。大半がメタンガスなので、燃やしても水と二酸化炭素しか出ない。クリーンだと考えられていし、火力発電所には浄化装置もある。

化石燃料の消費で健康が損なわれているのは、常識的な話だ。そこには、自動車や船舶の動力も含まれるし、石油・石炭火力発電所の大気汚染も含まれている。しかし、LNG火力発電所が大気汚染を引き起こし、健康被害で死亡者を増やしている証拠は無いはずだ。

追記(2011/07/05 03:00):天然ガスは硫黄酸化物や粒子状物質をほとんど出さないが、窒素酸化物は石炭の3割弱、二酸化炭素は6割弱ほど排出する。ただし、窒素酸化物も浄化装置で排出量は抑制され、また煙突で広範囲に拡散されるので大きな問題にはならない。

3. 石油・石炭の火力発電所もまだあるのでは?

LNG、石油、石炭で発電量の大雑把な比率は、40%、20%、40%で実は旧態依然とした施設もまだある。ただし、LNG火力が最も費用的に安いので、今後はLNG火力しか建設されないと思っていて良いであろう。原子力を火力で代替する場合は、それは全てLNG火力発電所で代替されるはずだ。

菅政権なら石炭火力発電を推進するかも知れない。そんな声に応えて試算だけしておこう。

LNG、石油、石炭を現在の比率のまま原子力を代替すると、約3.63人/年の採掘死亡者数となる。全て石炭火力で補うと約4.62人/年。炭鉱労働者の事故死が問題となっている中国は石炭輸入国なので、日本の火力発電所事情と関係が無い点には留意して欲しい。

大気汚染は、EPIによれば、米国で23,600人が石炭火力発電の排気ガスが原因で病死しているそうだ。IEAによると、米国石炭火力発電量は2,132,596GWh(2008年)だ。米国の大気汚染死亡者数は約0.011人/GWhとなる。以下のOECDのグラフによると、日米の火力発電を比較すると、日本の火力発電のNOx、SOx排出量は一桁少ない一方で、IEAによると米国の石炭火力の比率は日本の倍だ。これらを考慮し、かなり強い仮定だが、0.0022人/GWhを大気汚染死亡者数と見なそう。

原発を石炭火力で代替する事で予想される、大気汚染死亡者数は568人だ。もちろん、この推定は信頼性が低い。データの取得年数に幅が広く、大気汚染と病死数を一次線形関係に見ているからだ。一定レベル以下の汚染では死亡者数の増加に寄与しないであろう。最近の除染施設はもっと高性能であろうから、過大に見積もっている可能性はある。しかし、これでも池田信夫氏の推定よりはずっとマシだ。

原発を廃止し、その代わりを全てLNG火力で賄うと、年間死亡者数は約2.5人増加する。全て石炭火力で賄うと、約572.5人増加する。今後はLNG火力が中心になるので、長期的には年間死亡者数は約2.5人の増加となる。

4. 池田信夫氏は根拠に基づく推定をしていない

池田信夫氏の記事では、「日本がすべての原発を止めて石炭火力の運転を1割増やすとすると、」とあるが、石炭火力を仮定しているのが不適切だ。また、日本の石炭火力は発電量の3割弱を占めるだけなので、倍、つまり10割増しにしないと原子力を代替できない。

「採掘事故と大気汚染で1500人以上が死亡すると推定」ともある。1割増すと1500人なら、10割増しで1万5000人となる。しかし、全てを石炭火力で補っても約4.62人/年しか採掘事故でしか死亡しないし、大気汚染で1万4995人病死者がでるか根拠があげられていないため、これも不適切だ。上述の推定では、568人しかならない。

大気汚染(粒子状物質)の死亡者数は米国で64,000人と言う引用はある。その中の何割が石炭火力に依存するものであるかが分からない。最近も船舶理由の大気汚染で米国だけで6万人の病死があるという報道があった。さらに、日米の石炭火力の大気汚染の程度の差も効力していない。加えて言うと、WHOの文字に張られたリンク先はWHOのレポートではないし、そこには火力発電所と大気汚染に関係は示されていない。

一見、数字を列挙されると、そこには強い根拠があるように思えるが、採掘死亡者数に関しては参考文献にある数字で計算を行った形跡もないし、大気汚染死亡者数に関しては引用先に計算可能な情報が無かった。池田信夫氏には、推定と妄想の区分けがついていないのであろうか?

原発停止が行われれば、採掘事故の死亡者数が若干増え、大気汚染の悪化による病死者も増えるのであろう。しかし、LNG火力に集約されれば、採掘と大気汚染による年間の死亡者数は約2.5人/年で落ち着くことになる。

5. 脱原発で発生する問題

脱原発で発生する問題は、化石燃料への依存度が上がる事、電力価格が上昇すること、化石燃料の将来の枯渇だ。三番目は実感が沸かないかも知れないが、エネルギー需要が新興国で急激に高まっており、近年の外交上、最も重要な課題の一つになっている。

脱原発で年間死亡者数が増加するという視点は面白いのではあるが、2.5人/年では誤差だと思う人が多いであろうし、原発労働者の健康被害については調査が続いている段階ではあるので、将来にこれを相殺するようなデータが出されるかも知れない。論点としては、重要だとは言えない。

原発の必要性を主張するならば、もっと切実なトピックを選ぶべきだ。土壌汚染が約600平方Kmも存在し、多数の人間が非難生活を強いられている状況で、このような瑣末的な原発のメリットを取り上げるのは理解に苦しむ。

7 コメント:

gdgd さんのコメント...

原子力発電所は年間何人が死亡すると推定しているのですか? 福島の事故、東海村の事故を含めて構いません。
ちなみにチェルノブイリ事故による「将来にわたった」死者数は、IAEA チェルノブイリ・フォーラム(2005) によると3940人 (60万人中)という推計のようです。
この60万人というのは科学的に議論可能なある程度以上の高さの汚染を受けた土地で生活していた人々を母数としています(原発事故作業者なども含みます)。
60万人中3940人という数字は、約0.6%に相当しますが、それより低濃度の土地の死者は、0.1%を切るような影響しか現れません。年間の死亡率などはもっと低くなり、そのような非常に確率の低い事象を科学的に議論することは困難です。
福島の事故の場合、チェルノブイリ事故よりずっと放射線量は少ないですし、適切というか過剰な出荷制限もなされています。ヨウ素の内部被曝も検査の結果、精密検査の必要がないレベルとわかっています。
30年間で数百人にも達しないのではないですか?それより、お年寄りや病人に無理な避難をさせた影響のほうが大きいかもしれません。

uncorrelated さんのコメント...

>>gdgd さん
> 原子力発電所は年間何人が死亡すると推定しているのですか?

OECDのレポートにリンクを貼っておいたのですが、見られましたか?

gdgd さんのコメント...

私が尋ねたのは原子力発電所による発電で年間何人が死亡すると推定しているかです。OECDのレポートは天然ガスに関連した死亡者を推論するために引用していますので、答えがずれています。OECDのレポートには原子力発電所による発電の死亡者数も書いてありましたが、この数字を原子力発電所による発電の死亡者数と考えたら良いと思うという意味ですか?それであれば、天然ガスより、原子力発電所のほうが死亡者は少なくなる計算になりますね。 原子力が危険だと思って、他の発電方法を探るというわけなので、あくまでも比較は原子力発電所との比較をしなければ意味が無いでしょう?

uncorrelated さんのコメント...

>>gdgd さん
もちろんOECDレポートでは、原発での死亡者の方が圧倒的に少ないですよ。それだけです。

gdgd さんのコメント...

そうならば脱原発をする意味がないではないですか?危険にさらしていると考えるから脱原発を考えるのではないですか?

uncorrelated さんのコメント...

>>gdgd さん
脱原発を主張している人々に、そう質問されたら如何でしょうか?

Unknown さんのコメント...

「原子力を火力で代替する場合は、それは全てLNG火力発電所で代替されるはず」 という憶測を読んで、私は笑った。
私が調べたところによると 2016.10.11 水銀計画に関連して2014 年、日本の石炭火力発電所からの水銀汚染流出量が 1,300 kg (2010 年比 + 30 % 以上)

2015. 5.28 『石炭火力発電所の建設計画が活況-小型化で環境規制の対象外に』(Bloomberg)

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