2010年10月21日木曜日

朝日新聞は癌ワクチン開発を阻害したい?10月15日の記事に東大医科研が反論する

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朝日新聞の「東大医科研でワクチン被験者出血、他の試験病院に伝えず」という記事が事実誤認だと、東京大学医科学研究所が声明を出している(日経メディカル)。朝日新聞の記事が不適切な内容を含むのは間違いないようだが、東大医科研側の反論がまとまりなく感じたので整理してみた。

1. 朝日新聞の東大医科研の臨床実験への批判

問題になっている記事では、東大医科研が他の施設と共同で臨床実験中の新薬(ペプチド)で、新薬が原因と思われる消化管出血を確認したのにも関わらず、倫理的義務を怠り他の施設に伝えなかったとなっており、新薬開発者の中村祐輔教授とオンコセラピー社の癒着を臭わす内容になっていた。さらに朝日新聞は、治験前の臨床実験のあり方も疑問視し、法的規制を主張している。

2. 東大医科研の朝日新聞への反論

東大医科研の清木元治教授は以下のように、記事の内容を否定している(公式反論公式声明私的反論患者様へのご説明)。

1. 他施設との共同の臨床実験ではない
他の大学病院等の臨床研究とは、ワクチンの種類、投与回数が異なっている。ワクチン開発者も異なる。共同臨床実験ではないため、他の臨床試験機関への法的・倫理的報告義務を負わない。
また、記事中で東大医科研はペプチドワクチン臨床試験の全体統括を担う先端医療開発特区であるため、東大医科研とその他の機関の臨床試験は共同臨床試験と見なすことができるとあるが、臨床実験を行った東大医科研付属病院は先端医療開発特区ではなく枠組みに含まれないため、誤りである。
2. 新薬と消化管出血は関係がない
進行性すい臓がん患者に消化管出血は良く見られる問題であり、臨床実験中の新薬との関連は無いと考えられる。なお、入院期間が1週間延長となる程度の問題ではあったものの、分類上は「重篤な有害事象」になるため、治験審査委員会へ報告を行っている。
3. 中村祐輔教授と薬剤メーカーの癒着は、もしあったとしても関係が無い
キャッチな単語や断片的な取材源からの引用で、中村祐輔教授とオンコセラピー社が、金銭的な私利私欲でつながっていると想像させようとしているが、中村教授は臨床実験中の新薬開発者ではない。

朝日新聞としては、新薬開発にまつわる利権構造を暴くような記事を書きたかったのだろうが、どうも事実誤認が多い記事のようだ。しかし清木教授の声明にも、幾つか疑問な点がある。朝日新聞の記事で、事故により被験者を選ぶ基準を変更し、しばらくして臨床試験をすべて中止したと記述があるが、何ら反論されていない(毎日新聞では「同じ試験に参加していた5人に異常は見られず、試験は昨年5月に終わった」とあり、中止したようには思えない)。(2)に関しては、これらの事実確認ができないと、第三者の支持は得られないであろう。とはいえ、新薬の臨床実験で何らかのリスクがあるのは常識なので、東大医科研の正当性を示すには(1)の説明で十分である。

3. 清木教授のプレゼンテーションに問題あり

清木教授の作文について批判したい。まず、「インパクトのあるキーワードの濫用」を批判しているが、あげられた単語にインパクトは無い。重篤な有害事象は一般的な語感と医療上の意味が異なるようなので問題になるかも知れないが、臨床試験は人体実験なのは間違いないし、東京大学や医科学研究所にインパクトがあると思っているなら自意識過剰だ。次に、事実の歪曲を批判したいのであれば、事実歪曲を淡々と指摘するべきであろう。付随した議論をしたいのであれば、節を分けて見出しをつけるべきだ。最後に、将来有望な癌ワクチン開発の阻害になると批判するか、報道にも良識が必要だと批判するか、どちらかに主張を絞るべきだ。立場からすると、前者を強調するべきではないであろうか。

東大医科研の公式声明と、清木教授の私的反論が分かれている時点で、周囲の制止を押しのけて怒りを表明したのだと思う。しかし朝日新聞に対して法的処置を考えるぐらいなら、一般の人にもわかりやすいコンパクトな作文を心がける方が、他のメディアの反応も良くなり効果的では無いであろうか。やっている事に正当性があっても、このプレゼンテーションでは訴求力が欠けると言わざるをえない。

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