2010年10月30日土曜日

中国のスーパーコンピューター天河1号は、新規性が無く外国部品の寄せ集め

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中国が開発したハイエンド・コンピューター「天河1号(Tianhe-1A)」が世界最速となる見通しとなって、メディアが大きく報道している。欧米の一般誌では、米国の経済力を凌駕する兆候だと報じている(Mail OnlineWSJ産経ニュース)。しかし、宣言された演算能力の高さはともかく、その機構的には新規性が無い。

1. 天河1号は、最近のスパコンのトレンドを踏襲したシステム

天河1号は、繊細な3Dのゲームを可能にしているグラフィックス・チップの演算能力を生かして、高い演算能力を、低いコストと、少ない消費電力で得るコンセプトなのだが、ここ数年のスーパー・コンピューターのトレンドに過ぎない。

長崎大工学部浜田剛助教が、2009年に同じコンセプトで、日本最速のスーパー・コンピューターを3,800万円で製作しており、ゴードン・ベル賞の価格性能部門を受賞しているが、その前後の廉価なスーパー・コンピューターは同じ方向性の構成になっている。米国でも、その構成はオークリッジ国立研究所のXT5 Jaguarと似ていると思われている(POPSCI

2. 天河1号の技術基盤は外国製品

天河1号は中国独自の技術はほとんど投入されていないと考えられる。ハードウェアは演算部分がNVIDIA GPUが7,168基、Intel Xeon CPUが14,336基は構成され、2.507 petaflopsのピーク性能を持ち、開発費用は約710億円($88 million)だ。重量155トン、消費電力は4.04MWである。ソフトウェアの面でも、OSは汎用的なLinuxとなっている。

3. 日本の過去スパコンと比較しても、天河1号は独創性が無い

国内メディアでは天河1号と、2002年に米国から同様に世界最速の座を奪ったNECの地球シミュレーターが比較されているが、両者の性質は大きく違う。地球シミュレーターは世界がスーパー・スカラー型プロセッサで開発を続けている中で、あえて効率重視でベクトル型プロセッサを搭載したというコンピューティングの面での独創性があったし、主要パーツを日本国内で生産していた。

4. スパコンの速度は、その国の技術力を表さない

現在のスパコン自体は汎用部品を組み合わせるシステムで、汎用部品の性能向上に従って、どんどん廉価になり、どんどん性能が上がっていく。よって新しいスパコンは、新規性が無くても従来品より高性能になる。

しかも、ノードと呼ばれる独立したコンピューターの集合で構成されるため、連結するノードを追加する事で、理論的に性能を向上させる事も可能だ。スパコンと自作PCの違いは、もはや接続する台数の差でしかない。もちろん大規模であるだけで、それだけの技術やノウハウが必要になるわけだが、それも欧米のメーカーから買うことはできる。スパコンの性能が国威を表すわけではないのだ。

極端なことを言えば、誰でもIBMやSGI(旧クレイ)に大金を払えば世界一のスーパーコンピューターを設計・開発・設置してもらうことができる。アラブの王様は巨大な旅客機をプライベートで利用しているが、アラブ諸国の航空宇宙技術が優れているとは言えないのだ。

5. スパコンの勝負もソフトウェアの時代

現在のスパコンは、実行アプリケーションで二つの問題を抱えている。

まず、カタログ性能と、実行性能が乖離している。現在のスパコンは超並列構成になっているため、そのハードウェア的な特性を生かすのは難しい。数千のプロセッサの超並列性をいかに生かすか、メモリアクセスをいかに効率化するかという課題がアプリケーションにあり、カタログ通りの性能など出ない。地球シミュレーターで動いているアプリケーションでも、良くて25~40%程度の性能しか出ていないようだ(理研シンポジウム2009)。

また、適切な分析モデルを用いないと、大量に計算しても意味が無い。スパコンの応用例として天気予報は代表的なものだが、90年代ぐらいから「降水なし」の適中率は85%程度で横ばいになっており(天気予報の精度検証結果 - 気象庁)、スパコンの速度向上にあわせた改善は見られていない。もちろん改善している分野も多々あるのだが、計算機速度が、すぐに研究の進化につながらないのも現実だ。

アプリケーション(や分析モデル)が鍵を握る時代なのは、PCもスパコンも同じなのだ。中国が適切な分析モデルで、天河1号のピーク性能を生かせるかは、現時点では不明だ。

6. 中国のスパコン政策のこれからの課題

中国のスパコン政策の良い点は、野心的な演算能力がある一方で、国外技術を中心に構成した現実的な仕様である点が言える。目的も航空宇宙や気象分野で使うとされているが、中国国内でスパコンは不足しているだろうし、ニーズもあるはずだ。

しかし現時点で、先駆的な分野にスパコンを使いこなせる科学者や技術者がいるのか、アプリケーションの構築能力があるのかは、今後の動向を見ないと分からない。まだ、ハードウェアが出来たに過ぎず、それを研究開発に応用できるかは別の問題だ。

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