2010年8月26日木曜日

マーケット・ウォークの鮎川良氏は経済学音痴?

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意外に専門性が高くて、他分野の人が語るとおかしい事になる学術分野がある。経済学だ。一昨日、株式会社マーケット・ウォークの鮎川良氏が、その典型とも言える間違いを犯していたので、どの程度、おかしい文章になっているかを検証してみたいと思う。

鮎川良氏は立命館大学法学部卒、地方新聞社、帝国データバンク、金融専門誌記者などを経て、マーケットウォーク社を設立した人物で、IPO関係の著作が多数ある人物だ。鮎川良氏は経済学を履歴からは経済学を学んだことがあるようには思えない。ただし、株価は経済の鏡と言われるため、株式市場に関係した仕事をしている人は、良くテレビなどで経済評論をしている。

鮎川良氏が書いた問題の文章は、「みんなの株式」というサイトの「経済学が手に負えず、見捨てた大切なこと【4】」というタイトルの文章だ。長い文章ではないが、鮎川良氏が経済学に対して勘違いしてる部分を、幾つか指摘したい。

1.「すべての人が公開されている情報を等しく共有している」
一番、目に付く勘違いはここで、完全に誤りだ。
経済学には、情報の非対称性や不確実性、不完備契約と言う概念が70年代ぐらいから存在し、この概念の先駆的な研究を行った2001年にAkerof、Martin、Stiglitzがノーベル経済学賞を受賞している。
採用活動で実力ではなく学歴を重視する合理的な理由や、金融機関が担保を取る理由、自己資本比率が経営行動に重要な理由などが情報の経済学を使う事で説明する事ができる。
2.「人は誰でも合理的な投資行動を取りたいと願うかもしれませんが、その行動は案外気まぐれだったりします。」
誤りでは無いが、ここも問題がある。鮎川良氏は、経済学で言う合理性と、一般的な意味での合理性が異なる事に気づいていない。
経済学で言う「合理性」は個別の個人の効用関数に対する合理性なので、的確に利潤を追求できることが経済学の意味で合理的ではない。ミクロ経済学で個人の効用が労働と余暇で構成されている例が良く出てくるが、あれは「働きづめだと疲れるから適度にさぼるのが合理的」だと言う経済モデルだ。
「みんながAppleの株を持っているから、自分もAppleの株を買う。儲かるかは知らない」という行動も、大雑把にはバンドワゴン効果やヴェブレン効果と知られる経済学の概念の範囲内であり、経済学の意味でいう合理的な投資行動となりうる。
3.「金融市場は常に効率的に機能していなくてはいけない」
これも勘違いだ。経済学というか、国語の問題がある。効率的な金融市場が「望ましい」という意味を、「で無ければいけない」と誤解している。
また、経済学者の中には、金融市場が効率的か研究している人も、より効率的な金融制度を研究している人もいる。つまり現状の金融市場は、完全には効率的でないと思っていると言う事だ。そして前述の情報の非対称性がある限り、金融市場が効率的な状態である可能性は無くなる。企業が詐欺をするリスクがあれば、まともな企業にも慎重に投資せざるをえないので、その分は非効率的になるのだ。
4.「損失を抱えたまま株式を(損切り、ロスカット)売ってしまうような人がいたのでは、経済学に反する行動」
これは経済学部の期末試験の回答なら、0点だ。
一般的な経済学で言う「合理的な投資家」は、含み損があろうが無かろうが、その時点の情報で判断される将来の株価(株式の現在価値)で、売買を決定する事になる。
ある会社の株式を5,000円で購入し、将来的に1万円になると思っていたとしよう。しかし、その会社の製品の評判が悪くなり株価が4,000円になった。今後予定されている新製品も魅力が無く、さらなる業績の悪化が予想された場合、1,000円のロスがあっても、4,000円で損切りしたほうが良いのだ。
5.「株価が変化するのは、参加している投資家の心理や確率の領域であり、経済学が探求することではない、と突き放してしまいました。」
これも誤りだ。株価の形成では昔から色々と研究されてきた。以下の2本が、古典として有名だ。
Grossman, S. J and Stiglitz, J. E (1980) "Stockholder Unanimity in Making Production and Financial Decisions," The Quarterly Journal of Economics, MIT Press, vol. 94(3), pp.543-66
Kyle(1985) "Continuous auctions and insider trading," Journal of the Econometric Society, Vol.53(6),pp.1315-35

全般的に鮎川良氏は、最も基本的な一般均衡理論の仮定と結論を、経済学で普遍的な真理だと信じられていると思い込んでいるようだ。確かに一般均衡理論は必修科目ではあるが、物理学でのニュートン物理学と似たような位置づけで、普遍的な真理だとは思われていない。

鮎川良氏は最後に、行動経済学について言及している。従来の経済学に心理学的手法を取り込んだ、行動経済学を高く評価するために、従来の経済学の問題点を説明したかったのだと思うが、鮎川良氏は従来の経済学を良く知らなかったので妙な文章になってしまったのであろう。単に『従来の経済学では、現実の株価の説明力が低い』と言っておけば良かったのに残念だ。

なお、以上の問題点については、「みんなの株式」の質問フォームから鮎川良氏に問い合わせを入れたが、今のところ返答などは来ていない。鮎川良氏のような金融関係の著作物で生計を立てている人が、経済音痴であったことを認めるのは自殺行為である。鮎川良氏にとって、こういう指摘は黙殺してしまうのが、もっとも合理的な行動であるのは理解に難しくない。

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