2010年8月9日月曜日

何の為の制度?戸別所得補償制度を考える上で知っておくべき、11のこと

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民主党政権になってから、戸別所得補償が導入されようとしている。メディアで何度も取り上げられているが、狙いが不明瞭な政策で、ばら撒きと批判されても仕方が無い側面が多々ある制度だ。この戸別所得補償を考える上で、知っておくべき11の事実をまとめてみた。

1. 農業を主にやっている農家は少ない。

ある程度の規模(30a以上の規模)があるか、ある程度の販売金額(年間農産物販売金額が50万円以上)がある農家を販売農家という。さらに収入の中で農産物販売収入が最も多い農家を主業農家と言う。この主業農家が、農業を主にやっている人だと考える事ができる。2009年は主業農家は34万5千戸と、全体の20.3%しか存在しない(農業構造動態調査)。

2. 農業を片手間にやっている人の農業収入は、ほとんど無い。

2007年で、主業農家の平均所得は約337万円であるが、非主業農家は約37万円にしか過ぎない(農業構造動態調査)。非主業農家は、他に収入を生活の糧にしているのだから当然だ。つまり、非主業農家に厳しい政策をとったとしても、彼らの大多数に致命的な影響はもたらさない。

3. 農家の数も農業就業人口も減少中で、高齢化も進んでいる。

1976年には489万戸あった農家だが、2009年には170万戸まで減少している。現在も農業就業人口は698万人だが、自営農業が主な人は約289万人である。政治的には、組織票として見るとかなりのボリュームが、農業従事者層にあることが分かるが、全体から見ると微々たる量だし、年々と影響力は低下している。

また、70歳以上の農業就業者が189万人(全体の27%)存在する。年金生活者である年齢で、農業を行っている人々が多数いる。

4. 農家の大規模化が進んでいる。

過去の自民党の政策もあって、農家の大規模化は進んでいる。実は機械や土地を大量に使う農業は、大規模な方が効率が良いとされており、大規模にすれば効率性や競争力が高まると思われているためだ。 1981年には1.04ha/戸であった経営耕地面積だが、1991年には1.47ha/戸、2001年には1.63ha/戸、2009年には1.91ha/戸になっている。

5. 米の国内需要量は落ちている。

1965年には年に一人当たり112Kg消費していた米だが、2006年には61Kg/年まで消費量は低下している。食生活の多様化が進んだためで、生産量も需要量にあわせて減少してきているが、潜在的な生産能力はまだ過剰だと言われている。米の生産保護は、市場の需給バランスにあっていない。

6. 穀物価格は値上がりしている。

近年の主要穀物価格は急激に値上がりしている。2000年12月と2009年12月を比較すると、小麦が2.4倍、とうもろこしが1.8倍、大豆が2.1倍、米がドルで3倍の価格になっている。同期間のアメリカの消費者物価指数は25%ほどあがっているのだが、穀物価格はインフレ率を超えるペースで価格が上昇している(農林水産省)。

7. 穀物生産の価格競争力は全く無い。

2009年で、国内産小麦の価格は1トンあたり平均で約5万7000円と設定されているが、小麦を1トンの生産コストは約14万円となっている(製粉協会)。かなり小麦の価格は上がってきたが、それでもコストを半減させない限り国際競争力は無い。なお品質的にはオーストラリア産が良いらしく、その点でも競争力は無い。

2008年で、米の1トンあたりの生産コストは平均で23万3000円である。これは2,500~2600ドル程度になるが、2009年の国際市場での米の年間の平均価格は606ドル/トンであるので、価格的な国際競争力は無いと言えるであろう(農産物生産費統計)。

大豆に至っては、2009年で1トンあたり3,198ドルとなっており、国際相場の約8.6倍になっている。

8. 肥料原料と原油の輸入が無いと、日本の農業は行えない。

硝酸(アンモニア等)、リン酸、カリウムが三大肥料といわれるが、全て原料は外国からの輸入に頼っている(農林水産省「肥料及び肥料原料をめぐる事情」)。有機肥料の自給率も低く、国内産も米か家畜の生産の副産物として原料が得られるため、有機肥料も輸入依存度はとても高いという指摘もある。

9. 定額部分と変動部分で構成される。

戸別所得補償制度は、以下の図のように定額部分と変動部分で構成される。努力水準が低くて販売価格が少ない農家が、変動部分をより多く得られる構造になっており、モラルハザードを引き起こす可能性がある。

10. 現在の10アール当たりの平均農地代は1万4000円。

零細農家で土地を貸し出している人はかなりいるのだが、現在の10アール当たりの平均農地代は、戸別所得補償制度が農作物の収穫量などに関わらず支払う金額よりも安い(農家の戸別所得補償「零細」保護でコスト上昇)。この金額は10アールあたり15,000円だが、将来的には10アールあたり3万5000円が計画されている。このため、大規模農家に土地を貸し出していた農家が、貸し出しを辞めるケースが多発しているらしい。

11. 戸別補償制度は、主業農家の収益源である園芸作物を軽視している。

国際競争力の無い小麦、米、大豆等に手厚い保護(本格実施で10アールあたり3万5000円がある)がある一方で、園芸作物などの、その他の作物はあまり保護されない(本格実施で10アールあたり1万円)。営利目的が強い農家は、手間隙がかかっても収益性が高い野菜や花卉の生産を行っているため、主業農家よりも兼業農家への保護が強い政策になっている。

戸別所得補償制度の目指すものは何か?

日本には大量の、恐らく年金生活者がかなりの割合を占める零細農家が存在し、米、小麦、大豆などの作物を生産している。戸別所得補償制度は、その農業に生活をかけていない零細農家が主に生産をしている小麦、米、大豆の生産量の拡大を促しており、逆に農業に生活をかけている主業農家が主に生産をしている園芸作物への保護は手厚くない。

規模効率性の低い零細農家が、そもそも国際競争力が無い米、小麦、大豆の生産を再開しようとする事が予想され、米、小麦、大豆の生産量は増加する可能性はあるが、費用効率性は低下するであろう。効率性が低い農家が、より多くの変動部分を享受できる点も問題だ。農業の大規模化と逆行する。また、補助対象の品種が絞られる点に関しては、主業農家からの批判もある(asahi.com)。リスクを負って付加価値の高い野菜を作るより、保護された米を生産する方が、農家の生活的に楽になりうるためだ。

よく政策課題として食料安全保障があげられる。何らかの事情で食料輸入が不可能になったときのために、国内生産能力を確保しようという意味では、肥料などが輸入に依存しているため全く意味が無い。また、外国産の農作物に安全性の疑いがあるという面では、主要穀物類以外の安全性をどう確保するかの問題もあるし、検査体制の充実などで打開できないか疑問も残る。

結局、戸別所得補償制度は、経済的に非効率な兼業の零細農家に補助金をばら撒き、日本の農業の非効率性をもたらす一方で、食料安全保障に貢献する点はとても曖昧で、1兆円規模の財政負担になる。民主党としては、700万人近い有権者の支持を狙ったものかも知れないが、その他の1億人弱の有権者が、理解し同意ができる政策なのかはとても疑問だ。

2 コメント:

匿名 さんのコメント...

今回『何の為の制度?戸別所得補償制度を考える上で知っておくべき、11のこと』のブログをWEBRONZAテーマページにリンクさせていただきました。
不都合な場合、WEBRONZA@asahi.comにご連絡ください。
宜しくお願い致します。

WEBRONZA編集部

uncorrelated さんのコメント...

ご連絡ありがとうございました。
リンク・フリーなので問題ないです。

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