2010年7月6日火曜日

英語と国際化に踊らされる人々

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楽天とファーストリテーリングが相次いで社内の公用語に英語にすると宣言したことから、日本企業が英語を公用語にすることに対する賛否が色々と言及されている。しかしながら、事実認識として、日本人の英語運用能力を良く把握しないまま議論を進めていることが多いようだ。幾つか公表されている資料があるので、それを参照しつつ、社内言語の英語化について考えてみたい。

実際の日本人の英語運用能力はどの程度なのか?

大部分の人は、仕事に使えるレベルの英語は話せない。仕事で自在に使いこなすには、最低でもTOEICで840点程度は必要なはずだが、そこには到底及ばない。なお業種別の語学力だと以下のようになっており、特に技術系の職種を多く抱える企業は、語学に堪能な人材を探すのは大変だ。

なお、韓国の大手電気メーカーだと800~900点を足きり点にしている事が多いようだ。TOEIC以外の、例えばTOEFLの点数は、長い間、アジア最低クラスである。2007年は平均65点で、東・東南アジアではカンボジアの次に低い。欧米の植民地の経験が無く、日本語と似ているといわれる言語を持つ、隣の韓国は平均77点である。

従来、英語運用能力は重視されてこなかった事実

時代は変わるので、従来の話をしても始まらないが、語学力を磨くインセンティブが低い社会であったのは間違いないようだ。

そもそもTOEICで600点程度の、挨拶レベルの英語しか要求されて来なかった。中途採用のTOEICの必要点を見てみると、東芝(営業技術)600点、富士通(開発)550点、松下電器(技術)450点、NTTドコモ(知財)600点、日産(市場調査)650点、ホンダ(海外サービス企画)500点、マツダ(商品企画)600点、伊藤忠(企画立案)800点、インフィニオン(管理職)500点、モトローラ(技術)600点、シーメンス(技術)600点、エドワーズ(技術)600点となっている(ビジネスなんでもイングリッシュ!)。商社を除くと、外資を含めても600点ぐらいしか要求されていない。昇進・昇格におけるTOEICスコアの基準点を見ても、商社はともかく中間管理職で600点の努力目標と言うところが多いようだ(All About)。ただし、新卒採用などで厳しい基準を設けている企業も増えてきたので、これはあくまで従来の話に過ぎない事は明記しておく(TOEIC(R)Testスコアを求める企業

日常生活のニーズを充足し、限定された範囲内では業務上のコミュケーションができるとされる600点だと、ほとんど英語で業務を遂行できないはずなので、事実上は英語運用能力は必要とされていなかったと言えるであろう。

英語学習に必要な時間:社内教育で英語は教えられるか?

楽天は2年間の猶予を、役員に与えると言っていたが、会社員が2年間で英語をマスターできるのであろうか?

仕事で使うには、2,000~3,000時間の英語学習が必要だと言われている(日向清人のビジネス英語雑記帳)。中高で学ぶ時間が1,000時間未満なので、日本の英語教育は時間がとにかく不足しているのは確かのようだ。簡単な英会話でも300時間程度の英語学習は必要らしいから、英語の習得に必要なコストは大きい。一生に数度、海外旅行に行くだけで1,000時間の学習は多すぎるし、何かに使うには1,000時間は少なすぎる。なお、効率的な学習方法で時間の短縮を考えたくなるが、近年は詰め込み教育が最も効果が高いことが分かってきているので、将来的にこの時間数が縮まる可能性は少ないであろう。 2,000~3,000時間を2年間で達成するには、毎日3時間程度は学習しないといけない計算になる。通常業務を抱え家庭もある普通の社員には、恐らく無理な数字であろう。

英語の教員も英語が苦手:将来的に英語運用能力が高い人材は豊富になる土壌は無い

中学校の英語教員は、TOEICは730点以上かTOEFLで550点以上は4人に1人にしか過ぎない(英語が出来ない教師が英語を教えている)。どちらも英語運用能力を正しく示す試験ではないという批判はあるが、それにしても高い数字ではないし、そもそも試験を受けていない教員が半数近くいる。米国では、留学生が多いため英語教授法の研究が進んでいるが、日本では科学的に適切な指導方法がとられているかの評価も無い。

日本人の英語の特徴:不十分な英語教育で発生する問題

十分な学習なしに英語を用いると、どのような問題が発生するのであろうか? 中鉢(2000)では、日本人の英語の特徴を以下のように説明している。全て、学習によって解決できる問題なので、発音や表現方法などに対する学習時間が不足すると発生する問題だと考えることができるであろう。

発音的要素
1. 平坦に聞こえる。日本語の場合は各音節が等しい間隔で発音されリズムを作るのに対し、英語の場合はほぼ等しい間隔によって現れる強勢(stress)によってリズムが作られるため。
2. 破裂音が発音できない。つまり、but を「バット」のように発音してしまう等、語尾に母音が入る傾向が見られる。
語彙的要素
3. 日本語での表現を、そのまま英語に直訳し、意図と異なるメッセージを相手に伝えてしまう。機械的に日本語の意味をはてはめて英単語を覚えてきた学習者が多いため。
社会言語・語用論的要素
4. 婉曲的な表現が妥当ではないので、意思疎通に問題がおき、礼儀を欠くと思われることがある。たとえば、日本人は直接的にものを頼むのをよしとしないため、間接的に頼みごとを表現することがあるが、不適当な表現である。
書き言葉におけるレトリック的要素
5. 作文が混乱している。英語は、序論、本論、結論というように直線的であるのに対し、日本語は起承転結のように途中で話題が転換するなどして、渦を巻いているようで言いたいことが英語文化圏の人には伝わってこない。

鶏と卵の関係で、英語化してしまえばOJTで学習していく部分も多いのだろうが、現在の日本の会社で英語を社内言語とすると、上述の項目3~5の部分で、混乱や誤解が発生するのは避けられないようだ。スウェーデン人であるBPのCEOが一般市民の皆様の意味で、small people(=下々の人々)と言ってしまいバッシングを受けていたが、そういう事が多発する可能性がある。

まとめ

現状の労働市場には、英語運用能力が高い人材は多くは無い。社内研修や自助努力に期待できるほど、生易しくも無い。今後、労働市場に出てくる人材の英語運用能力が上昇する見込みはあまり無い。英語運用能力が低い日本人が英語を使うと、誤解が多々発生する可能性がある。とてもコストが大きい。海外との取引が多い部署はともかく、国内市場の小売がメインの企業が全社的に英語化をすすめるメリットは薄いように感じる。そもそも学生時代に英語が好きだった人は、経営者を含めて少数派のはず。社内言語は大事な問題なのだから、足元を冷静に見つめてから、決断をくだす必要があるであろう。

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